STORY 06

皮に新たな命を吹き込む、鞣(なめ)しの技。
400年の伝統が息づくタンナーの町へ

轟々と音をたてながら水しぶきを上げて回転するのは、「タイコ」と呼ばれる巨大なヒノキの樽。直径3 メートルはあろうかという樽の中で、「原皮」つまり動物の皮が洗われ、ほぐされ、一枚の滑らかな革になるための準備をしています。「革」を「柔らかく」すると書いて、鞣(なめ)す。椅子やソファの張り地として表情や座り心地を左右する革という素材は、どのようにつくられているのか。兵庫県たつの市で60 年にわたり皮革製造業を営む、一軒のタンナーを訪ねました。

龍野は、400 年以上の歴史をもつ革づくりの町。現在でも大小約200 軒のタンナー(革の製造会社)を擁し、生産量は日本一のシェアを誇ります。

「祖父の時代には原皮を川に入れて洗っていたそうです。まだ電気もなかった時代ですからね」。そう話すのは、三代目の森脇さん。この地域で革づくりが発展した背景には、揖保川やその支流である林田川の豊かな水源がありました。というのも、牛一頭の皮を鞣すのに必要とされる水の量は、なんと2 トン。そのため、現在では各タンナーがそれぞれ工場に地下水を引き、膨大に使用する水を補っています。「だからでしょうね、革の風合いには土地ごとの特性が出ると言う人もいます。水の質が違うせいかな。姫路と龍野ですら、やっぱり微妙に違うんですよ」。

国内外のレザーブランドから高く評価される「龍野レザー」。その品質は、自然に恵まれた風土と、たゆむことなく技を磨いてきたタンナーたちの努力の結晶と言えます。

タイコは原皮の水漬けをはじめ、鞣しや仕上げまで何度も使われる。樽の中に棒状の突起が何本もあり、皮が引っかかることでほぐされるのだそう

鞣しを終えた革がずらりと並ぶ様子は壮観。2 日間ほど吊るして自然乾燥を待つ

鞣しのレシピは「タンナーの命」

「鞣し」とはシンプルに言ってしまえば、「皮」を「革」へと加工すること。たとえば私たちが普段使っているバッグや靴などの革製品も、もとは牛や馬など動物の皮からできています。ただし生き物の皮ですから、そのまま使えば当然腐ったり、乾燥して固く縮んだりする。耐久性という点でも、長く使うのは不可能です。そこで生まれたのが、植物に含まれるタンニンや化学藥品で加工を施し、皮に柔軟性と耐久性を与える「鞣し」の技術なのです。原皮が革になるまでの工程は全部で20 以上にのぼり、期間は1 か月から長いもので3か月にもなるそう。天然素材でありながら、圧倒的に人の手がかけられているという事実に驚かされます。

単純に鞣しと言っても、その工程は大きく「下準備」・「鞣し」・「仕上げ」の3段階に分けられます。まずはアメリカやカナダから塩漬けの状態で届いた原皮を、冒頭に登場した「タイコ」と呼ばれる樽に入れて大量の水と塩で洗い、生皮の状態に戻すことから始まります。そこから、皮に残った肉や脂肪を削ぎ落とす「フレッシング」、表面の毛やタンパク質を分解除去する「石灰漬け」など、下準備だけでも7~8工程。約5 日という時間をかけて、ようやく鞣しの準備が整うのです。

鞣しの方法で主流なのが、ミモザなどの植物に含まれる渋(しぶ)を使った「タンニン鞣し」と、クロム化合物を使った「クロム鞣し」。どの方法で行うかは、オーダーされた革の仕上がりイメージや原皮の特性によって決まるのですが、そこで重要になるのが鞣しの「レシピ」です。薬品の量や漬ける時間を変える。タイコの大きさや回すスピードを変える。あるいは通常1回の工程を2回に増やす。日々細かに記録されてきた鞣しのレシピには、先人たちの経験と知恵が詰まっています。それは言わば、タンナーの命です。「失敗したときのレシピも全部残してるんですよ、薬品の量から工程から全部。いつどんな風に役立つか分かりませんから。」と、森脇さん。なるほど、このレシピは未来の四代目、あるいはそのずっと先の職人たちへとつなぐバトンになるのかもしれません。

クロム鞣しを施された革は、「ウェットブルー」と呼ばれる淡い青色に染まる

奇をてらわない、愚直な手仕事

「良い革って、どんな革ですか?」という質問に、森脇さんはしばらく考えて答えてくれました。「難しい質問ですね。実は以前、革の良し悪しを数値化しようという話がありました。でも、できなかったんです。革って好みのものだからどこまでもゴールがない。全ての人が好む革っていうものは存在しないと思っています。だからこそ僕たちがやることは、お客さんのオーダー通りの革を的確につくること。天然のものですから100%とは言えませんが、うちではシボ(革の表情を生み出す細かなシワ模様)の出方まで極力イメージに合わせるよう、細部にこだわっています」。

最も難しいと言われる色合せ。熟練職人が黒・オレンジ・黄の3 種だけで全ての色を作る

一点ごとに異なる風合いは天然素材ならではの楽しみですが、革においてタンナーの腕が試されるのは、鞣しによる均一性と均質性だといいます。「僕たちの仕事で最も重要なのは、再現性の高さです。皮には個体差もあるし、仕入れのタイミングでどうしてもコンディションが違ったりする。また気温や湿度などの外的要因もやはり鞣しに影響してきます。そうした微細な変化にも対応して、均一なクオリティを毎回再現するのが、タンナーのめざす仕事だと思っています。また、革全体の均質性も大事。たとえば、牛ってお腹とお尻では皮の密度が全然違うんですよ。お尻は繊維がすごく密できめが細かいんですが、お腹の皮はぶよぶよしてシワが多くなります。そこを鞣しの技術によって、お腹の部分までしっかりと均質に仕上げる。それがタンナーの腕です」。

何十種類もの薬品と20 以上の工程、その膨大な掛け合わせから最適な解を導き、熟練した技で再現する鞣しの世界。人の手だけが成し得るその業は、白く濁ったダイヤの原石が削られ、磨かれて圧倒的な輝きを放つのに似ています。

耐久性を上げるためのコーティング。機械でのラッカー塗装と職人による手塗りを2 往復繰り返す

工場で働く職人は約20 名。40 代でも「若手」と呼ばれる奥の深い世界

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