STORY 07

木の声を聴き、木を生かす
美しく堅牢な「現代の民藝」

兵庫県の南西部に位置する山間の町、佐用。豊かな山々と佐用川の清流に育まれた長閑な風景が広がり、日が落ちると澄み切った空気が満天の星を瞬かせます。その夜空は、「星降る町」と呼ばれるほどに幻想的。この町に工房を構え、無垢材の椅子を製作する職人、迎山さんを訪ねました。

目の前に置かれたのは、無駄な要素が1ミリもなく静かな佇まいが印象的な椅子。持ち上げてみると、繊細なフォルムから想像したそれ以上の軽さに驚きました。指1本でひょいと持ち上がるその重量は、わずか2.3kg。一般的な椅子が軽いものでも4~5kgはあることを考えれば、驚異的な軽さだと言えます。無垢材でここまでの軽量化を実現できた理由はどこにあるのでしょうか。この工房で製作される椅子はすべて、ねじなどの金具を一切使わない「ホゾ組み」だけでつくられているのが特徴です。ホゾ組みとは木材同士をつなぐ継手のひとつで、一方の木材の端にホゾと呼ばれる凸状の突起を、もう一方の木材にホゾを挿し込む穴を加工して、ふたつを継ぎ合わせるという伝統的な組木の技。機械加工が可能なダボや楕円ホゾに比べると、ひと手間もふた手間もかかる、いわゆるアナログなやり方ですが、強度の差は圧倒的です。細身で軽いデザインと十分な強度の両立には、このホゾ組みを高い精度で行う技術が不可欠でした。

世界遺産・法隆寺をはじめ、古来から日本の木造建築を支えてきたホゾ組みの技術。1000年以上という歴史が、その高い耐久性を立証している

肘付きのタイプでも2.7kgという超軽量。10脚までスタッキングできるというのも、無垢の椅子では珍しい

手の感覚を頼りにつくる、精巧なホゾ組み

「新しいスタッフには、最初にこれをつくってもらうんですよ」と取り出したのは、台座に突き立てられた木材に2本の腕がついた、太陽の塔のような形のオブジェ。胴体となる木材の内部で2本の横木が90度に交わり、凹と凸に加工された先端部がしっかりと噛み合う仕組みです。「言ってみれば、ホゾ組みの新入生用テキストみたいなものです。まずこれをつくってみて、ホゾが入るときの穴に対するキツさや固さの加減を体で覚えてもらう。失敗してもいいから、自分の手でその感覚を掴むことが大事なんです」。

工業製品の場合は、規格通りにつくられた部品を正確に組み立てれば製品を均一に再現できますが、無垢材は違います。樹種はもちろん、部位によっても異なる硬さや、湿気と乾燥によって起こる伸び縮みは天然素材の宿命。当然、それらに合わせてホゾの仕上がりにも細かな調整が求められます。ましてや、ここまで軽く繊細なフォルムと強度を両立させるとなれば、ホゾ組みには相当な精度が必要です。緩くてもダメ、かといって少しでもキツ過ぎれば木が割れてしまう、数値にしてわずか0.01ミリの精緻なコントロール。コンピューター制御の機械ではかえって手間がかかり、職人の目と手の感覚だけが頼りの仕事だそう。もちろんその感覚は、ただ漫然と身につくわけではありません。工房で新人にまず与えられる道具は、ノミでもカンナでもなく、デジタルノギスという測定工具。これで100分の1ミリの正確な数値感を頭と体に叩き込み、手の感覚の精度を磨いていくのです。それは、特定の師匠に付かず独学で椅子づくりを模索してきた迎山さんならではの学びのメソッドです。

「一般的に、仕口(接合箇所)部分というのは仮組みをするんですね。本組みの前に、加工した部材がちゃんと組み上がるか、接着剤を入れずに一度組んで試してみるんです。しかし、うちのホゾは仮組みはできません。強度を追求して通常のホゾ組みよりもキツめにつくっているので、一度組み上げたらもう抜けないんです。接着剤を入れていなくても、抜けることはないですね」。このデザインの椅子を完成させてから、約10年。およそ500脚以上を製作し、世に送り出してきましたが、現在まで構造の破損による修理は一脚もないと言います。

30歳から木工の仕事を始めたという迎山さん。地元の木工所で修業した後、ほぼ独学で椅子づくりの道へ

木が一番楽な居場所を、椅子の中につくる

椅子づくりで迎山さんが大切にしていることのひとつに、「木をちゃんと見る」ということがあります。「木を見る」とは、いったいどういう意味なのでしょうか。
「木には年輪がありますよね。それは、木が芯から外に向かって輪っか状に成長するからです。そこから板にして材料を取るわけですが、うちでは椅子をつくるときに、4本の脚の内側はすべて芯の方を向くように組んでいます」。
つまり、椅子の中心を木の芯と想定して、外側に木の樹皮側が、内側に木の芯側が向くように木材を使うということです。木材が木の姿で生えていた状態のままに、椅子をつくっていると言ってもいいかもしれません。製材された木にも当然、表と裏があります。丸太の外側、つまり樹皮に近い側が木表(きおもて)で、芯に近い側が木裏(きうら)。木を扱うときには、この方向を意識して使うことを心がけているそう。

使用する工具は大工道具に近く、ノミひとつをとっても、そのバリエーションは多彩

「法隆寺の宮大工さんが書かれた『木のいのち 木のこころ』という本があります。それによれば、法隆寺には心柱と呼ばれる大きな柱が真ん中にあって、それを囲む四隅に4本の柱が配されているんですが、南側の柱には南に生えていた木を、西側には西に生えていた木を使っているんだそうです。木が山で育ってきたのと同じ環境を、建物の中にもつくってやる。至極もっともな話だと思いました。千年なんていう長いスパンで物事を考えれば、やはり木がストレスなく一番楽な場所に使ってあげるのが良いに決まってる。椅子づくりにそういったマニュアルがあるわけじゃないんですが、椅子もそうあるべきだと思ったんです」。世界最古の木造建築と言われる法隆寺、五重塔。1300年経った今も創建当時の姿を残しているのは決して奇跡ではなく、古来から受け継がれる木工技術と、先人たちの木を生かす知恵によって守られてきた証なのです。

『木のいのち 木のこころ』の中に、「木の命にはふたつある」という言葉が出てきます。ひとつは樹齢としての木の命、もうひとつは木材として生かされてからの耐用年数のこと。樹齢千年の木を伐採するなら、材としても最低千年は生きるようにするのが大工の役目だと、そこにはありました。木を材料として扱うのではなく、生きものとして扱うこと。木を消費するのではなく、「生かす」という考え方。迎山さんの言う、「木をちゃんと見る」という言葉の意味が少しわかったような気がします。

カンナで削り出す背もたれは、カーブを横だけでなく上下のラインにも施すことで心地よいあたりに

すべてが理にかなっていれば、美しい形になる

極限まで削ぎ落された美しい直線。その細く研ぎ澄まされたフォルムは、あくまで軽さという「機能」を追求した結果だといいます。「僕はできるだけデザインはしないようにしていて。デザインしないでできたものが結果的に一番納得がいくんです。自分の欲求とか、余分な要素をできるだけ排除していくというか。すべての意匠に意味があって説明ができれば、自然ときれいな形になると思っています。そういう意味でこの椅子は、自分でも非常に納得のいった椅子。無理やりつじつまを合わせるような部分がなくて、とても素直に完成しました」。

そう言われてあらためて椅子を眺めてみると、「すべてに意味がある」というのがよくわかります。一見シンプルな直線で構築されているようですが、別の角度から見ると細かなディテールが随所に存在しています。たとえば、根本にいくほど上下に厚みを増すアームライン、真っ直ぐに見えた4本の脚は座枠との連結部が少しだけ太く、両端に向かってまた細く削られていく。椅子として特に負荷が大きい部分を強化する合理的なつくりと言ってしまえばそれまでですが、自然とそれらがバランスのとれた美しさを際立たせているのです。迎山さんは自らのつくる椅子のことを作品でもなく、商品でもなく、「用品」と位置づけています。使い手にとっての機能性を追求する「道具」を軸に、メーカーでは難しい手仕事のディテールを宿したものづくりを、手の届く範囲で行うこと。それはまさに「現代の民藝」と呼びたくなる、ものづくりの哲学でした。

観光列車やクルーズ船の椅子など、デザイン・構造ともに難度の高い依頼にも精巧な手仕事で応える

山に囲まれた自然豊かな環境。向かいの学校のグラウンドからは子どもたちの元気な声が

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