STORY 09

“無垢材=オイル仕上げ”の概念に
新しい風を吹き込む椅子

阿蘇山を水源に、熊本、大分、福岡、佐賀にまたがって有明海へ注ぎ込む九州最大の河川、筑後川。その河口近くに位置する佐賀県諸富町には、東西約3キロメートルにわたって家具メーカーをはじめ材木屋や木工機器メーカーなどの企業が集まり、対岸に広がる日本最大の家具産地、大川市とともに日本屈指の家具産地として発展してきました。今回紹介するのは、このまちで無垢材の椅子づくりを専門に手がける1963年創業のメーカー。高度な木工技術とすぐれたデザイン性を誇る、椅子づくりのプロフェッショナル集団です。創業当初はベビーベッドの製作をおこなっていましたが、日本人のライフスタイルの変化に合わせて早い時期から椅子づくりにシフト。半世紀以上、その技術を磨き続けてきました。船大工をルーツとする大川や諸富では、箪笥やキャビネットなどのいわゆる「箱物」を得意とする企業が多く、脚物の中でも椅子を専門とするメーカーは現在でも数少ないのだそう。筑後川の雄大な景色の中で生まれる美しい椅子、その製作現場にお邪魔しました。

古くから物流において重要な役割を担っていた筑後川水運。昭和初期まで木材を運ぶ筏も行き交っていたそう

すべては、一枚の無骨な板からはじまる

工場内に入るとまず、重そうな木の板が大量に積み重ねられた光景が目に飛び込んできます。側面に仕入れ元である企業名が印字された板や、樹種やグレード、厚みなどを示すアルファベットや数字が記号のように書かれた板も。その多くは輸入木材ですが、必要な樹種や厚みによって地元の材木屋から仕入れることもあれば、海外から直接仕入れることもあるのだそう。文字通りそれはただのザラザラとした無骨な「木材」で、今更ながらこの一枚の板から椅子という複雑で洗練されたプロダクトが生み出されることに不思議さを感じます。

木材の仕入れにはじまり、切断、切削加工、組み立て、クッションや布の張り工程まで全てのプロセスをワンストップでおこなう同社。工場内には大小さまざまな木工機械が動く豪快な音が響いていました。

椅子づくりの工程を大まかに分けると、①木材の切断 ②パーツ加工 ③組み立て ④塗装・研磨 ⑤縫製・張り込みに分類されます。それぞれの工程に専任の職人がいますが、ひとつの技術を習得すると別の工程へ移っていき、最終的には全工程において高い技術力を発揮できるオールラウンダーに育てているのだそう。一人ひとりが椅子づくりの一から十までを俯瞰して捉えることで、各工程の精度が上がり、チームとしての強さにもつながっていることがわかります。

「一番難しい工程は?」と質問してみると、意外なことにその答えは一番最初の工程である「木取り」でした。木取りとは、一枚の板材を、脚や背もたれ、アームや座枠といった各パーツの寸法に合わせて切り分けていく作業。椅子の構造は家具の中でも複雑で、多いものでは一脚に20ものパーツが使用されることも。その一つひとつに違った役割があり、耐久性、加工のしやすさ、木目の美しさなど、求められる特性に応じて最適な木取りが必要なのです。まさに「適材適所」の語源通りですね。一枚の板を端から端まで使えるのがベストですが、木材には反りや節、割れといった欠点がつきもの。そのため、表面ではわからない内部の欠点までをも見抜く目利きが必須です。貴重な木材の無駄を最小限に抑え、どの場所からどのパーツを切り出すべきかを見極める。それができるのは、本当の意味で習熟した一握りの職人だけなのだそうです。

椅子づくりの要となる「木取り」担当は、他の職人からも絶大な信頼を寄せられている

素材の魅力を引き出す独自のウレタン仕上げ

毎日、何時間も、座る人の体重を支え続ける椅子には、高い耐久性が不可欠です。使う人の安全性を熟慮し、工場内には強度と耐久性の試験をおこなうための設備が設けられていました。その内容は、60kgの力で前後左右に引っ張る動作を1万回、背もたれや座面などとくに負荷の大きい部分には、90kgの力で2万回ものプレスをおこない、構造上に問題がないかを判断しているのだそう。

その一方で、生活空間を彩るデザイン性や使い心地も同社プロダクトの大きな魅力。なかでも私たちが注目するのは、表面仕上げのオリジナリティです。使用する樹種自体はアッシュとレッドオークの二種のみに絞り、ウレタン塗装×カラーリングにより「Natural white」「Mud brown」「Carbon ash」など、仕上げのバリエーションを楽しめるというもの。

実は、初めてこちらの椅子を見たとき、ウレタン仕上げだと聞いて少し驚きました。ウレタン特有のコーティング感がほとんどなかったからです。過度な光沢のないマットな質感と、木肌に触れたときのしっとり吸い付くような感触は、あたかも無塗装のようにプレーンな印象でした。無垢材の素材感を最大限に活かすなら、オイル塗装やソープフィニッシュといった選択肢が一般的。しかし同社にとって、キズや汚れがつきにくく日々の手入れがほぼ不要というウレタン塗装のユーザーメリットは譲れないポイントでした。無垢材のナチュラルな風合いとメンテナンスの楽ちんさを両立させるにはどうすればいいのか?塗料の調合や塗装工程に工夫を重ね、試作を繰り返してたどり着いたのが現在の形です。

独自のカラーバリエーションが楽しい「SF36」は、スタッキングも可能

 

「アッシュ材のNatural white仕上げを例にとると、塗装の工程でワイピング(※)の際に白の塗料を入れています。というのも、アッシュは白い木肌が特徴的な木材ですが、中心に近い芯材部分はやや赤みがかっているんです。そこにそのままウレタンを塗装すると、“濡れ感”が出てしまう。色自体も赤みが濃くなって茶色っぽくなるんですね。白を入れることでそれを防ぎ、アッシュ本来のナチュラルな魅力を損なわないように仕上げています」。(※)ワイピングとは「目止め」とも呼ばれ、木材の導管を目止め剤で埋めることにより塗料の内部浸透を防ぐ作業

一方、レッドオーク材に赤土をイメージしたブラウンで着色する「Mud brown」は、ウォールナットを少しライトにしたようなイメージに。赤みのある木肌と強い木目が人によってはやや重たく感じられるレッドオークを、今のライフスタイルに取り入れやすくアレンジしています。

経年変化を楽しむという考えの一方で、美しい状態を長く保ちたいというニーズがある。力強い木目が無垢材の魅力だと感じる人もいれば、もっとライトに木の家具を暮らしに取り入れたいという人がいるのも当然。同社が提案する椅子たちは、そんな多様なニーズに対して新しい無垢材家具のカタチを提案してくれているように感じました。8年ほど前からは国内外のデザイナーとタッグを組み、世界へ向けたプロダクトの製作にも取り組んでいる同社。技術的な要望の高さはもちろん、生活習慣の違いや家具に対する価値観の違いに驚くことも多かったといいます。それでも「ハードルはたくさんありますが、少しずつ乗り越えていった結果が今につながっています。ものづくりをする以上、新しいことに挑戦したいという想いはずっと持ち続けていますね」と話してくれました。

複雑な3次曲面の加工が可能な5軸のNCルーターも扱うが、最後は職人の目と手がものをいう世界

張り地の裁断・縫製まで自社でおこなう徹底した品質管理

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