STORY 11

飛騨の若き職人が考える
山のために、木の家具ができること

岐阜県高山市。山間を流れる川上川の清流に並行して走る、通称「せせらぎ街道」沿いに一軒の家具工房があります。梅雨明け間近の湿気を湛えた山々は深緑を増し、鬱蒼と茂る木々が山のきわに立つ平屋の屋根を覆わんばかりでした。もとは牛舎だったという建屋内には所狭しと木工機械が並び、その中で激しく木屑を巻き上げながら作業をおこなう職人の姿がありました。

小柳貴英さん、この工房のオーナーでありただ一人の家具職人です。扱っていたのは「倣(なら)い旋盤」と呼ばれる、木材をろくろのように回転させながら成形する機械。八角形の木材がみるみる角を削られ、滑らかな円錐形へと変化していくさまに目を奪われます。

専門性の高い椅子張りを除いて、家具製作の全工程をたった一人で担っている小柳さん。木取りからパーツ加工、研磨、組み立て、仕上げ塗装に至るまで、すべてを自身の手と目でおこない、細部にまでこだわったものづくりをおこなっています。

ブナやミズナラの天然林が広がる飛騨高山らしい風景の中に、ひっそりと佇む

量産体制を整えるため中古の木工機械をかき集め、作業台や工具は地元の先輩職人たちから譲り受けたそう

「子どもの頃から工作が大好き。祖父がスーツを仕立てる職人だったので、よく仕事場に遊びに行っていたこともあって、ものづくりは身近でしたね」と話す小柳さん。職人への憧れの原点となったのは、中学のときに祖父から贈られた一着のコートでした。自分用に仕立ててくれた特別なコートに、「すごい仕事だ」と思ったのを今でも覚えているそうです。
大学卒業後は、名古屋の商社に就職。会社勤めの間も職人になるという夢をずっと温めつづけ、修業期間の生活費や独立にかかる資金をコツコツと蓄えました。
15年近く勤めた会社を辞め、家具職人になるため家族で高山へ移住したのは2017年のこと。40歳目前にして、職人としての人生をついにスタートさせたのです。週6日木工学校へ通いながら、夜は先輩職人のもとで椅子づくりを学ぶ。技術をひたすら体に叩き込むハードな毎日の末、移住からわずか4年で自身の工房を立ち上げました。その3年後には自らデザインした椅子がコンペで入賞するなど、若手ながらそのデザイン性や技術力を高く評価される存在です。

「一番の宝」という倣い旋盤は、すでにメーカーが廃業している貴重な機械。機械メンテの職人不足も今後の課題だ

飛騨産のナラやブナを生かす家具づくり

家具づくりに使うのは、地元・飛騨産の広葉樹。作業場には近隣の製材所で仕入れたナラやブナ、クリなどの無垢板が積み上げられていました。古くから家具産業が盛んな飛騨高山、やはり木材も良質だということでしょうか。しかし、小柳さんから返ってきた答えは意外なものでした。「飛騨産の木が良質だから使っているというわけではないんです。むしろ加工の観点からいえば扱いづらい。細くてフシが多く、曲がっていて、職人からは敬遠される材料ですね」

森林率が90% を超える飛騨高山は豊かな広葉樹林に恵まれた土地ですが、実はそのほとんどが小径木とよばれる幹の細い木。戦後の大伐採で太い木が伐られ、それ以降に育った木がまだ若すぎるせいです。小径木は家具に不向きとされ、木材として活用されず多くは紙の原料やバイオ燃料に。伐っても安く消費されてしまうため林業は衰退し、山が荒れていくという悪循環は、飛騨高山に限らず日本の多くの地域が抱える問題です。「これだけ家具メーカーの多い地域なのに、ほとんどが海外からの輸入材で家具をつくっている現実に違和感を覚えました。とはいえ大手メーカーで小径木を使うのは非効率で難しい。だったら、自分が飛騨の木を使ってやろうって」

椅子の背もたれは、大正時代から飛騨に伝わる曲げ木によるもの

ナラもブナも、木目や木肌が美しく耐久性においても優秀な木ですから、手間さえかけてあげれば良い家具がつくれるはず。幅20センチに満たない板でも、比較的細いパーツで構成される椅子づくりでなら十分に生かせるというのが、小柳さんの考えです。それでも、ただでさえ細い板からフシや色の悪い部分を避けて使うのは、非常に手間のかかる仕事。材の良し悪しを見極める目利きや、高度な木取りの技術も求められます。

「難しい木を使いこなす。ここでやっていく職人には、そういう人がいてもいいのかなって。この木で美しい椅子をつくれるなら、それは大手メーカーにはできないものづくりだと思う」。その言葉を聴いて、小柳さんが飛騨の木を生かすのと同じように、飛騨の木が職人としての小柳さんを育てているのだと感じました。

一脚の椅子が、職人としての力量を語る

風を孕んで膨らんだ帆船の帆をイメージさせるデザイン。細身のパーツながら無垢材の存在感がしっかりと際立つこの椅子が、小柳さんの代表作です。工房立ち上げからわずか3年で「JIDAWARD 」インテリアプロダクト部門賞を受賞しました。目指したのは、シンプルな構造にデザインの美しさと技術力を詰め込んだ椅子。「この椅子がつくれたら、大体の椅子はつくれるというぐらいのものにしたかった」と語るとおり、細部に職人の技がこれでもかと盛り込まれています。同時に、木工をやってる人が見ればわかる「面倒くさくてやりたくない構造」でもあるのだとか。

よく見ると一辺たりとも完全な直線はなく、すべてのパーツが滑らかな曲線で構成されたデザイン

まず、丸く削り出された4本の脚。座枠やアームと接合する部分が曲面になるため、平面同士の接合に比べて細かな調整が必要です。脚の内部では座枠に施した凹凸のホゾががっちりと直角に組まれ、細身のフォルムでも高い強度を得られる仕組みに。さらに後脚は上部へ向かってゆるやかに角度がつけられ、背もたれ部への複雑な形状変化を三次曲面加工によってシームレスに実現しています。また、座面部に採用したのは、座枠の内側に溝を彫り込んでクッションを沈める「落とし込み」の構造。こちらも、座枠のアール形状に合わせて内側の溝も曲線に加工するという、極めて面倒で技術の要る仕様になっています。ここまでする必要が? と思うほどのこだわりですが、四隅まできれいに収まったクッションや、座枠のラインとぴったり同じ軌道を描くパイピングの美しさを見れば、「なるほど」と言わざるを得ません。

小柳さんにとって、椅子づくりにおける一つの到達点は「違和感がないこと」だと言います。「いったん完成したものでも、毎日見ていれば気になるところが出てくるもの。『なんか気持ち悪い』って。その気持ち悪さがどこからきているのかを追求していくんです」。たとえばこの椅子では、完成後に前脚の角度を1°だけ変更したのだそう。「最初の図面では垂直90°で設計していたんですが、完成してみると脚がちょっと内側に入っているように見えるんですよ。脚の形が円錐状になっているせいでそう見えるんですが、ずっと違和感を感じてしまって。それで前脚を1°だけ前に出してつくり直りました。そういう細かな修整を何度も加えつづけて、ようやく固まったのが今の形ですね」

たった1度、されど1度を追い求めるストイックなものづくり。椅子に限らずですが、つくづく家具の完成度というものは見えない部分に集約されているのだと、あらためて教えられました。まさに「神は細部に宿る」ということです。

艶やかな黒の染色は、お歯黒と同じ原理を持つ「鉄媒染」によるもの。木の質感や木目もしっかり生かされている

椅子の後脚となるパーツ。加工による段階的な変化がよくわかる

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