無垢材を植物由来のオイルで仕上げる
子どもが舐めても安全な机
子どもの頃に使っていた学習机のことを覚えていますか。新品を買ってもらった人も、誰かのお下がりをもらった人もいるでしょうが、家の中に初めて「自分だけの場所」をもらったような、少し特別な記憶ではないかと思います。しかしその机を大人になるまで使ったという人は、ほぼいないのではないでしょうか。長くても中学や高校まで。その後は誰かにあげてしまったり、実家を出るタイミングで捨ててしまったり。その背景には、まず大きすぎることや、機能やデザインが子どもに特化しすぎて大人のニーズに合わないといった理由がありました。
「もっとシンプルで、大人になっても使い続けられたり、子どもが独立した後には親が代わりに使えるようなものを」。そんなコンセプトのもとに、何十年も使い継いでいける机をつくる工場があります。福岡県うきは市で創業130年を超えるその工場は、もともと文部省推薦の体育用具商でした。明治から昭和にかけて、跳び箱や平均台などの体育用具にはじまり、教室で使う机と椅子、さらにはブランコやシーソーといった遊具まで、学校で使われるあらゆるものを製造。高い安全性と耐久性を求められるそれらをすべて木工でつくっていたというのですから、その技術力には圧倒されるものがあります。やがて学校家具が木製からスチール製へと移り変わるのに合わせて、家庭用の書斎机や学習机へと製造をシフトしていったのが現在につながるルーツです。学校から家庭へと場所は変わりましたが、それまで培われた高度な職人技術にくわえて、使い手一人ひとりのことを考えた多くのこだわりが、現在のものづくりを支えています。
大切にしているのは、奇をてらわず何十年も飽きのこないデザイン。基本は天板と引き出し、まっすぐ伸びた4本の脚のみというシンプルな構造で、学習机に限らず、オフィス机や自宅でのちょっとした作業机として使われることも多いそう。そのシンプルで直線的なデザインにぬくもりを添えているのは、無垢材から生まれる風合いです。素材に使われているアルダー材は、ナチュラルな木目と肌触りの良さが特徴。その持ち味を生かすため自然系のオイルで仕上げており、はじめは白っぽい木肌が使い込むうちに赤みを帯びて、自分だけの風合いを育てていくような楽しみがあります。
同社がオイル仕上げにこだわる大きな理由がもうひとつ。それは、「体にやさしいもの」を使ってもらいたいという願いからです。世の中でつくられる家具の多くには、メンテナンスを楽にするため仕上げに化学塗装が使われています。表面に塗膜を張ることで、キズや水の侵入を防ぐのです。決して特別なことではなくむしろ使われる方が多いものですが、かつて社長が海外の工場を視察に訪れた際に、強い薬剤の臭気に目が痛くなって10分もその場にいられなかったということがありました。そのとき、「どれだけ耐久性や生産効率が上がるとしても、使うお子さんによくない。そしてつくる職人の体にもよくない」と考えた社長は、すべてをオイル仕上げに切り替えることを決意したそうです。しかしこれは、けっして簡単なことではありませんでした。
非効率でもゆずれない、「安心」という品質
無垢材の家具をオイル仕上げにするということは、木が生きて呼吸を続けるということ。それは、湿気や乾燥の影響を受けて伸び縮みが起こりやすいということでもあります。季節にもよりますが、製作している途中で何ミリかの伸び縮みが起こるので、がたつきが出たり、部材が外れてしまったり。また、化学塗装と違って木肌のやわらかさを生かした仕上がりのため、キズがつかないよう出荷の際には細心の注意が必要。扱いやすさで言えば、もうダントツに化学塗装の方が扱いやすいわけです。
「最初の頃は相当な苦労がありました。構造や工程を一から見直し、木材をどこに入れるか、どこでビスを入れるかなど、何度も試行錯誤をくり返して。不具合が起こるたびに一つひとつ問題をクリアしていって、今ではそういったトラブルはほぼないですね」。
使用するオイルは、アマニ油を主原料に調合された植物由来の自然系オイル。有害成分を含まない天然のもので、かつてはマスクが必須だった塗装の作業場においても、今ではその必要がないそう。
製品の均一性や生産効率を求められるメーカーにとって、無垢材のオイル仕上げは普通に考えれば非効率でリスクも伴う選択です。しかし、「どれだけ手間がかかっても使う人の体にやさしくて、働く社員の体に安全なものをつくる」というのが、同社の信念。それは、子どもたちが学び、遊ぶ姿を100年以上見つめてきた「親心」でもあるのです。