二本の木を重ねたように見える脚部は、実はひとつの無垢材を途中で二方向に分岐させたもの。枝分かれしながら緩やかな弧を描き、一方は背もたれに、もう片方はアームへと繋がっていきます。「樹木が自然に枝を伸ばしていくように」というデザイナーの思惑通り、そのフォルムは複雑な構造を感じさせない、実に自然な造形美です。
「BRANCHシリーズ」と名付けられたこの椅子を製作するのは、古くから木工の産地として栄えた徳島県で創業60年を数える椅子徳製作所。厚みのある木材をしなやかに湾曲させる「曲げ木」の高い技術を持つ同社ですが、このデザインを納得のいく形で商品化するには10年以上の月日を費やしたといいます。課題となったのは強度。椅子には時として体重以上の負荷がかかります。曲線を描く細い脚に十分な強度を持たせるには何が必要か?構造力学の研究を重ね、従来の曲げ木技術を進化させてたどり着いたのが、「異方向分岐曲げ」という前例のない加工でした。一本の木材に切れ目を入れ、それぞれを別方向に曲げて分岐させるというきわめて繊細な技術。しかしこれによって椅子に三角構造が形成され、強度の課題が解決されたのです。
三角構造とは建築物によく使われる構造形式で、たとえば柱と梁という縦×横の垂直構造に対し、筋交いと呼ばれる部材を斜めに入れることで三角形を形成するもの。四角形に比べて安定性が高く、垂直方向からの力に対する強度が格段に上がります。体育館やドームといった大空間や、橋梁の多くにこの構造が採用されるのもそのため。
この椅子では、二方向に枝分かれした脚と座枠が三角構造をつくることで、実際の材積を超える強度に。厚さ18ミリの細い脚で、50ミリ厚の木材と同等の強度を実現しています。緻密に計算された理論と、高度な職人技術から生まれた一品です。